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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(オ)858号 判決 1977年12月08日

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人田辺俊明の上告理由第一点について

原審の適法に確定したところによれば、(一)本件土地はもと岩本与四郎の所有地であつたが、右土地については、(1)昭和二八年二月一〇日付で麻生誠、森宝山、江川敦美の三名を共有名義人とする岩本与四郎からの所有権移転登記(以下「本件(1)登記」という。)、(2)昭和二九年一〇月二六日付で麻生誠の持分を贈与により森宝山、江川敦美が取得したとの所有権移転登記(以下「本件(2)登記」という。)、(3)昭和三一年七月三一日森宝山の持分につき売買を原因とする張支甲への所有権移転登記(以下「本件(3)登記」という。)、(4)昭和三三年九月一五日売買を原因とする江川敦美、張支甲から西村康彦への所有権移転登記(以下「本件(4)登記」という。)、(5)昭和三九年一二月二四日売買を原因とする西村康彦から綜合調査株式会社への所有権移転登記(以下「本件(5)登記」という。)、(6)昭和四〇年四月一九日売買を原因とする綜合調査株式会社から鶴崎好道への所有権移転登記(以下「本件(6)登記」という。)、(7)昭和四三年二月二六日競落を原因とする鶴崎好道から上告人への所有権移転登記(以下「本件(7)登記」という。)が順次経由されている。(二)被上告人は、かつて、福岡市の所有地に家屋を無断建築して居住していたが、昭和二七年ころ附近の不法占拠者約二〇〇世帯とともに福岡市から強制立退を命じられたので、昭和二八年初めころ、被上告人ら約八〇世帯は、市及び県の斡旋により、本件土地を含む周辺一帯の土地約六七〇〇坪を買い入れてそこに移住することにした。被上告人ら移住者は、株式会社福岡銀行から右土地購入代金一六〇万円の融資を受けるにあたつて、昭和二八年一、二月ころ右金員の一括借入及び土地の一括買入を目的とする民法上の組合「明水園住宅組合」を結成し、大要、次のような組合規約を定めた。(1)買入土地約六七〇〇坪は、直ちに一区画三〇坪ずつに分筆し、一区画を一口とし、組合員に対し申込に応じ一人一口以上を抽選により割り当てる。(2)組合員は、福岡銀行に対する借入金の返済にあてるため、割当口数に応じ、坪当り二五〇円に達するまでの金員を分割して毎月払い込み、理事長はこれを取りまとめて福岡銀行へ返済する。(3)福岡銀行からの借入金債務担保のため買入土地全部につき同銀行に対し債権元本極度額一六〇万円の根抵当権を設定する便宜上、買入土地の所有名義はすべて理事長麻生誠、理事森宝山、理事江川敦美の三名の共有名義とし、各組合員がその割当土地につき坪当り二五〇円を完納したときに、右共有名義を当該組合員個人名義に変更する。(4)割当土地の所有権は、組合員全員が分割払込金を完納し、福岡銀行に対する借入金の返済が完了し、右根抵当権設定登記が抹消されたときに各組合員に移転する。(5)各組合員は組合員としての権利を他に譲渡できないし、理事長及び理事ら役員は買入土地を他に処分する権限を有しない。(三)明水園住宅組合は、昭和二八年二月九日ころ、福岡銀行から一六〇万円を借り受け、本件土地を含む右移住用地約六七〇〇坪を買い入れて、翌一〇日これらの土地について、組合規約にしたがい、麻生誠、森宝山、江川敦美の三名の共有名義で所有権移転登記(本件土地については本件(1)登記)を経由し、その後麻生誠が組合の理事長を辞任したので、昭和二九年一〇月二六日付で贈与を原因とする麻生誠の持分を森宝山及び江川敦美が取得したとの所有権移転登記(本件土地については本件(2)登記)が経由されたが、これらの登記を経由するについては被上告人を含む組合員全員の承諾があつた。(四)明水園住宅組合が買い入れた右土地は一区画三〇坪ずつに分筆され、組合員の申込に応じて抽選により割り当てられたが、被上告人は、本件土地の割当を受け、昭和二九年六月坪当り二五〇円の分割払込金を組合に完納し、また組合が福岡銀行に借入金を完済したことにより、被上告人は、昭和三一年八月二四日ころ、組合員全員の共有であつた本件土地の所有権を単独で取得した。(五)被上告人は、分割払込金を組合に完納したのち、組合の理事らに対し、規約にしたがつて本件土地につき被上告人名義に所有権移転登記手続をすることを求めたが、理事らはこれに応ずることなく、却つて本件土地については本件(3)ないし(6)登記が各経由され、その後上告人は、綜合調査株式会社を債務者、鶴崎好道を物件所有者とする福岡地方裁判所昭和四一年(ケ)第四号不動産任意競売事件において、昭和四三年二月二六日、同裁判所の競落許可決定により本件土地を三〇万円で競落し、本件(7)登記を経由した。右競落当時、上告人は、本件(1)、(2)登記が実体と相違していることを知らず、また本件(3)ないし(6)登記記載のとおり本件土地所有権が順次名義人に真実移転したと信じていた、というのである。以上の事実関係のもとにおいて原審は、当時組合の会計担当理事であつた張支甲が組合員の分割払込金を使い込んだり、組合員の承諾なく本件土地やその他の買入土地の所有名義を組合員でない他の者に変更していることなどに照らすと、本件(3)、(4)登記に応じた有効な取引関係があつたことを認めるに足りないから、上告人は、本件土地について有効な取引関係に立つ者からの転得者ということができず、民法九四条二項にいう第三者にあたらないとして、上告人の主張する同条項の適用又は類推適用の抗弁を排斥しているのである。

しかしながら、民法九四条二項、一一〇条の法意に照らし、不動産の所有者甲が乙名義を使用して不実の登記を経由した場合、甲は、乙から右登記名義を取り戻さない限り、さらに乙の意思に基づいて丙のために経由された所有権取得登記を信頼した善意無過失の第三者に対し、丙の所有権取得登記の無効をもつて対抗できないと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであつて(最高裁昭和四四年(オ)第一〇〇九号同四五年六月二日第三小法廷判決・民集二四巻六号四六五頁)、これを本件についていえば、本件(3)登記が森宝山の意思に基づいて経由され、また本件(4)登記が張支甲及び江川敦美の意思に基づいて経由されたものである限り、たとえその間に右各登記に応じた有効な取引関係がなくとも、本件(5)、(6)、(7)登記により、西村康彦からの転得者と推認されるべき上告人において、西村康彦が本件(4)登記どおり本件土地所有権を有すると信じたことにつき過失がないときには、被上告人は、西村康彦の本件土地所有権取得の無効をもつて上告人に対抗することができないことになるといわなければならない。しかるに、原審は、本件(3)登記が森宝山の、本件(4)登記が張支甲及び江川敦美の各意思に基づかないで経由されたことを確定することなく、ただ右各登記に応じた有効な取引関係があつたとは認められないとの理由のみに基づいて、上告人が民法九四条二項にいう第三者にあたらないとし、同条項の適用又は類推適用をいう上告人の主張を排斥しているのであつて、原判決には、この点において同条項及び同法一一〇条の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、右違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかである。したがつて、原判決はこの点において破棄を免れず、本件は、更に上告人の過失の有無等について審理を尽くす必要があるので、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、その余の上告理由に対する判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里)

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